なぜ?香港デモの経緯をわかりやすく解説【観光旅行は大丈夫?】

なぜ?香港デモの経緯をわかりやすく解説【観光旅行は大丈夫?】

昨今ニュースでも頻繁に取り上げられる香港でのデモ活動

若いデモ活動者と警察の衝突や暴力など、ショッキングな映像も日本に入ってきている。

 

そもそも、どうしてこうしたデモや衝突が起きているのだろうか。

今回はその経緯をわかりやすくまとめてみた。

 

また香港人の友人や仕事関係で付き合いのある香港人の実際の声も紹介したい。

香港についての情報は、僕が香港に駐在していた時の香港人の上司や友人に教えてもらった情報が基になっている。

一個人の意見かもしれないが、貴重な意見だと思っているので紹介したい。

香港について

香港は中国大陸南方の一部の地域にある。

沖縄本土と同じくらいの面積だが、人口は700万ほども住んでいる。

人口密度は世界的にも非常に高い。

そのためどこを歩いても活気に溢れている。

 

日本からの飛行機で約5時間の距離にある。

香港の正式名称は『中華人民共和国香港特別行政区』と言う。

文字通り中国の一部ではあるが、自治と国際参加が認められている区域ということになる。

これは中国では「一国二制」と呼ばれ、香港の他にお隣のマカオもこの一国二制により自治が認められている。

 

これにより、中国がバリバリの共産主義で計画経済の頃より、資本主義を取り入れ自由経済が可能だった為、中国本土よりも先んじて経済発展した。

歴史的に貿易を行う際の重要な港だった香港。

現在でも中国への国境を越えてすぐ北に位置する「深セン」や「広州」の玄関口となっている。

 

香港と聞いて何を思い浮かべるだろうか?

高く連なった高層ビル群や、ビルの夜景は香港のイメージとして思い浮かべやすいかもしれない。

香港は地震が無く、人口密度がとても高い為、居住地は上へ上へと伸びていき、ビルが高層になっている。

香港の歴史

イギリス統治時代

香港の歴史を説明する上でイギリスの存在は必要不可欠だろう。

今の香港の大枠は、およそ180年前の1842年の中国とイギリスの戦争「アヘン戦争」まで遡る。

 

戦争に勝利したイギリスは、今の香港がある地域を植民地として獲得した。

その後、第二次世界大戦が始まる1941年までイギリスのアジア貿易の拠点として整備されることになる。

 

このイギリス統治の間、イギリス資本の香港上海銀行などが設立され、

香港ドル通貨が発行されるなど、金融市場としても発展して行くことになる。

これが今日、香港が貿易ハブ都市、またアジア金融の重要市場となっている歴史的背景だ。

 

第二次世界大戦も香港は中国に返還されず、ようやく中国に返還されたのは1997年だった。

 

 

香港に植えついた民主主義と自由

実に植民地となってから155年もの間イギリス領として、

中国大陸にありながら西洋の民主主義政治や国際ルールの上で統治されていたのだ。

 

1997年の中国返還時に、中国政府は2047年までの50年間は、

香港において社会主義政策を実施せず、一国二制に基づいて香港の自治を約束した。

 

しかしこの2047年を待たずして、中国政府は親中派の香港議員などを使い、

行政干渉をしていると香港人は訴えている。

 

つい20年前まで、選挙における民主主義や、自由経済と言った欧米の価値観が香港では当たり前だったのだ。

それが今、中国政府の圧力によりこうした自由と権利が失われるかもしれない

そうした危機感が香港で大規模なデモに発展している一番の心理的要因なのだ。

 

香港人のルーツ

イギリスの統治が始まる1842年までは中国南部のある港町に過ぎなかった香港。

だがイギリスの植民地になるや、中国本土での紛争などにより多くの大陸人が香港に流入することになる。

 

つまり現在の多くの香港人のルーツは百数十年前の中国からの移民ということだ。

多くは香港の北の広州からの移民であり、その為現在でも香港の公用語の広東語(カントン語)は広州で話される中国語とほとんど一緒だ。

 

参照:The Liberty web

デモの原因と経緯

逃亡犯条例改正案

2020年1月現在も行われている香港でのデモ。

その参加者は主催者の発表によれば200万人になると言われている。

人口が700万人なので、7人に2人がデモに参加したことがある計算だ。

いかにこのデモが香港人全体にとって関心の高い出来事であるかがわかるだろう。

 

今回のデモの直接的な原因となっているのは、2019年に香港で提案された法律だ。

それは『逃亡犯条例改正案』。

 

簡単にどうゆう法律かと説明すると、

香港にいる犯罪容疑者を中国本土・台湾などにも身柄引き渡しができるようにするという法律だ。

これまでは、香港警察が逮捕した容疑者を国際引き渡しできる国に「中華人民共和国のその他の部分(つまり台湾とマカオ)」が含まれていなかった。

 

これはイギリス統治時代に策定された「逃亡犯条例」に「司法制度、刑罰制度そして人権が守られる政府とのみ、引き渡しができる関係を結ぶ」としていて、

当時イギリスが中国政府を信頼していなかったために、中国本土は除外されていた。

この条例は中国返還後も継続される、として今日まで至ったのだった。

 

その為、2018年に台湾で起きた殺人事件の容疑者が香港で逮捕された時に、台湾へ身柄の引き渡しができなかったという出来事が起きる。

これをきっかけに、中国本土や台湾・マカオにも容疑者の身柄引き渡しができるようにする逃亡犯条例改正案が提出されたのだ。

一見すると何も問題がないような出来事だが、この条例改正案には別の意味合いを持っている。

 

参照:CNN.co.jp

香港市民が中国当局の取り締まり対象に?

この条例改正案が施行されると、中国本土と香港の間で、犯罪容疑者の身柄引き渡しができるようになる。

それは自体は良いことなのかもしれないが、

これを機に中国の警察が香港市民を「容疑者」として捜査、場合によっては中国本土へ移送を可能にする法律なのだ。

中国警察の要請によっては容疑者の香港での資産の凍結や差し押さえも可能になる。

 

これにより、香港での裁判権が侵害されるとして、法律のプロフェッショナルである香港の弁護士会などが反対を表明するなど、横暴な法律だとされている。

言論の自由が厳しく制限されている中国。

香港では声を大にして中国政府を批判できる活動家も、この改正案が施行されると、

中国警察に「容疑者」として身柄の引き渡しを要求されるようになるかもしれない。

 

つまりこれは、香港の自由と権利が侵害され、中国政府による干渉が高まり、これまで守られてきた一国二制が崩れかねない、

それくらいの事態だと香港の人々は捉えているのだ。

香港の人々がそこまで敏感になっているのには背景がある。

 

参照:CNN.co.jp

 

2014年香港反政府デモ「雨傘運動」

今回のデモが大規模で全香港人にとって関心の高いものになっている背景に、2014年に行われた反政府デモがある。

このデモは主に、香港の行政トップを決める選挙方法を巡って行われた。

 

簡単に経緯を説明すれば、

香港行政トップである行政長官を決める選挙方法を、香港人1人1票の普通選挙によって選ぶよう法改正がされるはずだったところ、

中国本土の中央政府が自分たちに有利な立候補者しか立候補できない法律に強行決定した。

これを受けて、学生を中心として講義のボイコットや、金融街を占拠するなどの反政府デモ活動が開始された。

バリケードを破壊し突入してくる警察官や、催涙弾に対して傘を開いて抵抗したデモ隊。

ニュースでご覧になった人も多いだろう。

これにより、この香港行政トップの人事をめぐるデモ活動を「雨傘運動」と呼ばれるようになる。

 

参照:読売新聞

この雨傘運動の結末は、デモ活動の失敗とされている。

長引く金融街の占領やデモ活動は経済的に悪影響を及ぼし、

一般市民の生活にも不満が募るようになると、政府や警察だけではなく、

市民からもデモへの反対が出るようになる。

 

約80日に及んだ道路の占拠などが終わっても、行政長官を決める為の、完全に民主的な選挙は実現されなかった。

実際、今回の2019のデモ活動において抗議の矛先の一つは、中国中央政府寄りの現行政長官でもある。

知り合いの香港人は、現トップは中国政府の操り人形だとも言っている。

これがリアルないち香港人の感じていることだ。

 

 

2020年2月の最新情報

このように2019年3月から開始された香港の民主化デモ。

その背景には、歴史的な香港の立ち位置、つまり自由と民主主義が約束されていたはずなのに、

香港をコントロールしようとする中国中央政府の干渉が、2014年には行政トップの選挙方法を巡って雨傘デモとなり、

今回は、逃亡犯条例改正案を契機にさらに大規模なデモに発展した。

 

このデモだが、2020年2月の時点で一時停止となっている。

最近世界的なニュースとなっているコロナウイルスの大パニックにより、

香港でも集会など人が密集することをを控えるようになっているからだ。

 

しかし、情報交換をした香港人の友人によれば、

デモに参加している人たちはネット上でやりとりを継続しており、コロナウイルスによる混乱が収まれば、またデモが再開される可能性が高いだろう、とのことだ。

 

いずれにせよ、非常に入り組んだ政治と政治、1つの国でありながら相反する2つの制度が存在するという難しい背景がある以上、

簡単に解決するといった問題ではないだろう。

日本とも非常に関わりが深い中国と香港。

今後の動向も注視していきたい。